限定1500部 希少本 深川正 世界の中の有田 私の東西交渉史 香蘭社
昭和?50年
西日本新聞社
約27.5x19x2cm
函入 カバー付 布張り上製本
173ページ
※1500部限定
※絶版
著者の深川正氏は、香蘭社社長着任前の時期に、欧米を歴訪。
中世ヨーロッパの王侯貴族に珍重された古伊万里、有田焼、柿右衛門等の名品に
接して資料を調べ、種々の角度から考察を加えて、古伊万里・有田色絵磁器の東西交流について明?らかにした本。
冷戦期当時の東ドイツ/ドイツ民主共和国のドレスデン
陶磁美術館館長から招待を受け、
「幻のコレクション」所蔵品、世界第一級の肥前古陶磁群を閲覧することに成功、その体験と論考をまとめたもので、
カラー写真図版解説、マイセン、チェルシー、ウースター、シャンティ窯における柿右衛門様式の模作品等も掲載した、類書の少ない大変貴重な1500部限定の希少本。
【序文より】
「世界の中の有田」を祝福する 三上次男
現代?有田磁器の名門香蘭社の巨柱を支える深川正氏の「世界の中の有田」磁器に関する労作が上梓されるという。有田磁器を愛し、関心をもつものにとっては、ひとしく喜びにたえないところである。
伊万里・古伊万里・柿右衛門・鍋島などの名を通じて古くから親しまれている近世の有田磁器の声価は、日本はもちろんのこと、近時世界にひろく高まっている。ヨーロッパで日本の美術・工芸を語るほどの人であれば、古伊万里・柿右衛門の名を知らない人はなく、
それ故に彼らは有田磁器の歴史と実態を知ろうとしてすこぶる熱心である。
近世の有田磁器が西欧人の心をかたく捕えてはなさないのは、もとよりこれがヨーロッパの陶磁と質をことにする高次の美しさを内にひめ、外に輝かしているためではあるが、それとともに十七世紀?の中ごろ以降、数多くヨーロッパにもたらされた見事な有田磁器の風趣や意匠が、かの地の陶磁器のそれに影響を与え、ヨーロッパ磁器の成長と切りはなせない関係をたもっているからである。
とすれば長い年月の間に親しまれた古伊万里模様、柿右衛門模様はすでにヨーロッパ陶器のそれの血肉の一部になっているともいえる。現在なお、ドイツのマイセンその他のファクトリー、イギリスのストークーオンートレントのあちこちの工房、フランスのリモージュのさまざまの製陶所の陶磁の図柄に、有田磁器のそれが色濃く影をおとしているのは、そのことを物語るものにほかならない。
このように、近世の有田磁器がヨーロッパのそれに強い刺激を与えるようになっだのは、先にも述べたように、十七世紀?の中期いらい、その精品がオランダ東インド会社の船舶によってアジアやヨーロッパの諸国に送り出されたからである。そうして、それはあたかも当時さかんになったヨーロッパの王侯貴顕の東洋陶磁愛好の波にのってヨーロッパ人の心の奥に入りこみ、それとともに西欧の陶磁器の世界における有田磁器の評価はしだいに好ましいものとして定着した。
一方、ヨーロッパの王侯貴顕の有田磁器に対する興味の増大は、さらに優れた有田磁器を要求する声となって現れたが、この要請は生産地の有田に伝えられ、有田磁器を技術的にも芸術的にもさらに一層発達させる機縁となった。それは、もしも有田磁器に対する日欧間の接衝がなかったならば、あのように華々しい古伊万里・柿右衛門の発達はなかったのではなかろうかと思わせるほどである。
十七世紀?の中期いらい、ヨーロッパの地にいかに多くの優品がもたらされたかは、欧州諸国の宮殿や貴族の邸宅にのこるおびただしい古伊万里・柿右衛門の色絵蓋付大壺などの精品を見ればわかる。古伊万里・柿右衛門の大物の名品は、わが国よりむしろヨーロッパ諸国により多く残されていたかも知れない。
ひとり西ヨーロッパばかりでなく、アジアやアメリカでも近世有田磁器の注目すべきコレクションは少なくない。その一つとしてあげることのできるのはトルコの首都イスタンブールにある有名なトプカピサライ博物館(旧宮殿博物館)である。
この博物館は、旧オスマントルコ帝国の宮廷の豪奢なコレクションや用度品を陳列したところであるが、東アジア陶磁の蒐集は質と量との上でとくに名高い。すなわち十三世紀?末の宋?末・元?代?から明?代?をへて、十八世紀?の清?の乾隆?年代?におよぶ一万五百余点の中国陶
磁にはじまり、安南陶磁一点と日本陶磁三百余点が収蔵されているが、日本陶磁のほとんどは江戸?時代?から明?治初年にかけての有田磁器である。だから、ここでは日本陶磁といえば有田磁器が代?表した形となっている。
このような点では十九世紀?の後半以降に蒐集のはじまったアメリカでも同様であって、有田磁器に関する重要なコレクションがところどころに存在する。ワシントンにあるスミソニアン研究所の歴史・技術博物館に保存されているシズーコレクションなどは見のがすことのできないものといえよう。
このような海外にある有田磁器の蒐集はひとり日本陶磁の真価を世界に示すよすがとなったばかりでない。江戸?時代?における東西貿易の実情や文化交渉の事実をも物語り、さらには有田磁器の歴史や実態を教える貴重な資料となっている。すなわちヨーロッパにある古伊万里や柿右衛門の中には輸入した年代?や王侯のそれを購入した年代?に関する記録の残されているものが少なくなく、また有田磁器を彼らの生活の中により強くとけこますために施された金属装飾物に年代?を刻したものなどが存在するからである。こうした事は、それぞれの古伊万里や柿右衛門の年代?を知る手がかりとなり、また有田磁器の歴史の再現にもつらなってくる。有田磁器の歴史には、まだ知られていないことが山積しているが、海の彼方から、もつれた糸を解きほぐしてくれる手がさしのべられているのである。
こうはいうものの、海外にある有田磁器の数はおびただしく、収蔵されている個所も欧米各地にまたがって、しかも数多く、また記録などの調査も容易でない。しかしこうした困難をのりこえて前進しないでは有田磁器の真価をより広い視野から知り、さらに正確な歴史を明?らかにすることは困難であろう。
深川正氏は、現に有田に住み、製陶業にたずさわっている人である、そうして有田を愛するの故に、この有意義にしてしかも困難な問題に挑戦されることになった。そのため、しばしば欧米に旅し、海外の有田磁器に接して資料を調べ、種々の角度から考察を加え、その結果を本書で明?らかにされた。有田の地と有田の磁器に密着する氏は、こうして海外からえられた資料を咀嚼・消化するのに最も恵まれた条件下にあるといわねばならない。
いわば内なる場からの海外有田磁器への挑戦であり、したがってその成果には他人の思い及ばない見解も少なくないと思われる。われわれはこれから多くの教えをうることができるであろう。
本書はこの問題に取りくまれた氏の努力の結果を世に問う第一書である。共に喜ぶわたくしの思いは強い。ただ有田磁器の問題は大海のように深く、かつ広い。わたくしは氏がさらにうむことなく研究をすすめられ、第二、第三の書を刊行されることを大きく期待し、心からの祝福の言葉とする。
【目次】
「世界の中の有田」を祝福する 三上次男
交流に魅せられて
エルベ河畔、ドレスデンの丘に立って
メンツアウセン女史の招詰状/世界第一級の肥前古陶磁群/オーガスタニ世王の情熱
ドレスデン陶磁美術館のすべて
エルベのフローレンス/陶磁の城「日本パレス」/ポーセリン・キャビネッ卜の流行/ワインマーマン博士の構想
ドレスデンの日本古陶磁
十七世紀?後半の古伊万里/古陶磁の裏マーク
オランダと東洋磁器
ヨーロッパの窓口、東印度会社/陶都デルフト/十七世紀?初頭「万暦」の流入
十八世紀?におけるドイツの窯々
磁器発祥の地マイセン/錬金術師ベトガー/天才ヘロルズの東洋風文様/生きつづける柿右術門スタイル/アルベルヒスブルグの実験室/磁器彫刻の創始者/全土の窯に柿右衛門旋風
イギリス諸窯と古伊万里の交流
マイセン経由の柿右衛門風/ロンドン東郊にボー窯/ウースターの古伊万里模倣/長命のダービー窯
仏の窯々における東洋趣味の展開
サン・クルーの柿右衛門様式/シャンティ窯とコンデ公/硬質磁器へ転換のセーブル窯
ヨーロッパにおける柿右衛門様式の態様
十八世紀?中ごろの舞台/高まる肥前磁器への関心/柿右衛門様式の創始と後期桃山の美/マイセンの絵付師たちの新しい発想/初期コピーは形からの接近/「虎」と「うずら」と「鳳凰」と
ロココ美術と肥前色絵磁器
浮世絵より百年も前に/ロココ美術の特質/ロココと柿右術門様式/ロココ美術への融合
オランダ貿易と有田赤絵創始の一考察
ワグナー商館長の達眼/古伊万里赤絵の創始/輸出用に名を占めた伊万里
ヨーロッパにおけるチャイナ・キャビネットの展開
陶磁装飾室の出現/マリアーテレジアの部屋/フリードリッヒ三世の蒐集
ワシントン、スミソニアン博物館から
陶磁器の東西交流に視点/ケネディ大統領の記念施設/個性的なシズ博士の蒐集
ハンス・シズ博士の論評から
影響及ぼした東洋磁器デザイン/東西の架け橋、イタリア
三百年前?の有田
原色版図版
ドレスデン陶磁美術館収蔵品
やきものの町有田
モノクローム図版
ヨーロッパ諸窯の陶磁 あとがき
写真
巻頭カラー ドイツ民主共和国国立陶磁美術館
本文モノクローム オックスフォード大学付属アシュモリアン美術館
蒲地昭三/久間覚/舘林源
深川正
巻末カラー 石丸巌/津田欣一
【図版解説 一部紹介】
カラー作品写真図版
古伊万里
染付金彩松竹梅図唐?草花四方割紋蓋物
高さ43cm 径28cm
ドレスデン陶磁美術館蔵
17世紀?はじめドイツ、ザクセン地方を制圧
した、オーガスタ・ストロング王の蒐集品で
あるが、これは第2次大戦中、疎開されて、
ドレスデン郊外のモーリッツ城に保管され、
王の居室のマントルピースの上に、戦後長い
間、飾られていたものである(5年前?筆者は
そこで、これをみた)。染付は豪華な金彩だ
けという手法で、色絵はない。染付の次の段
階で、金銀彩のみを着画した時代?があり、色
絵はややおくれて開発されたとみるべきであ
るから、正保、慶安年間以前までさかのぼる
ものと推定されるであろうか。いずれにして
も染付に金石彩だけといった手法は、日本に
も伝世品が少なく、貴重なものである。つま
みの獅子陽刻は精緻をきわめ、全体として優
雅な気品をしのぼせる優品で、オーガスタ王
が身辺に置いて愛用した理由もうなづける。
古伊万里
染錦草花紋地文小蓋物
高さ16cm
ドレスデン陶磁美術館蔵
実物は小品であるが、オランダの手でヨー
ロッパにわたり、フランスあたりで金金具加
工されたものをドレスデンのオーガスタ・ス
トロング王が買いとったものと思われる。古
伊万里に、このように飾り金共加工を施して
室内装飾用のインテリアにするという傾向は
18世紀?のはじめ、後期バロックからロココ時代?
にかけて、フランスの貴族や、市民社会の
一般的な美意識であった。いわゆる東洋趣味
(シノワズリー)の流行である。古伊万里の
優品の多くは、このように飾り金具で加工さ
れて、ヨーロッパの館の中にまで、深く浸透
していった。とくにフランスでこの傾向が著
しい。古伊万里がヨーロッパの後期バロック
調に融合していった具体例である。
【ドレスデン陶磁美術館蔵品 カラー図版】
古伊万里染付3羽立鶴図皿
古伊万里色絵金彩牡丹花詰S字紋手付水注
古伊万里色絵岩牡丹鳳凰図ひさご型瓶
古伊万里色絵牡丹唐?草文象置物
古伊万里色絵傘持婦人像三方割菊唐?草文蓋物
マイセン製色絵龍鳳凰図宝尽くし文平大鉢
マイセン製色絵牡丹鳳凰草花図六角蓋付壺
マイセン製色絵組み合わせ地紋草花散らし木葉型皿
古伊万里花鳥図唐?花のし文筒型瓶
古伊万里染錦花籠図回り菊花連鎖文ひげ皿
古伊万里染錦花籠図回り風俗絵大鉢
古伊万里染錦花籠手八角面取り蓋付壺
ほか
【モノクロ図版】
マイセン窯の竹虎図 柿右衛門様式の模写 オックスフォード・アシュモリアン美術館
チェルシー窯の竹虎図 柿右衛門様式の模写
肥前有田で作られた柿右衛門様式 松竹梅に鳥の図
マイセン窯で模写された柿右衛門様式
チェルシー窯で柿右衛門様式模写して作られた松竹梅に柴垣の図
ウースター窯の柿右衛門様式模写
シャンティ窯における柿右衛門様式模写
ほか